生まれ育った上山市を
何としても元気にしたい
県議会議員だった父は、私が子供の頃、朝起きた時にはもう家におらず、夜寝た後に帰る日々。
顔を見ることさえほぼなく
「親父も、政治家という親父の仕事も嫌いだ」と思っていました。
しかし、物心がつくと気付くことがありました。
私の家に困った顔で来た人が、しばらくたつと嬉しそうな顔で再びやって来る。
「利明さんのお陰だ。ありがどさまな」。
嫌いだったはずの父の仕事が、人々の幸せを作っている。
大学や大学院時代に選挙を手伝いましたが、
現場では「土地改良の事業で世話になった」「すぐに災害現場を見てもらい、復旧工事も完成した。俺だも頑張っから」と、
逆に励まされるような言葉も耳にしました。
考えは変わりました。
いつしか自分も政治家として人々の役に立ちたい。
広い視野から日本を見たいと考え、
小泉進次郎代議士が在籍した米国ワシントンの戦略国際問題研究所(CSIS)で学んだ後、一昨年に帰国。
民間会社で街づくりを勉強後、
昨秋から父の国会議員会館事務所で秘書として走っていました。
今は、生まれ育った上山市を何としても元気にしたい、
活力のある郷土山形県を造りたいと『想い』を強くしています。